音楽や歌が大好きなアーティストが、テレビやラジオ、インタビューなどで「喋っている姿」を見ると、なぜか自分のことのようにドキドキしたり、ハラハラして見ていられない気持ちになる……そんな不思議な経験はありませんか?
実はこれ、はっきりとした名前こそないものの、いくつかの心理学的な仕組みによって説明することができます。
ドキドキ・ハラハラの正体は「心理的なつながり」
パラソーシャル関係(Parasocial Relationship)
この現象の大きな背景には「パラソーシャル関係」という概念があります。
これは、テレビやSNSなどを通してアーティストに親しみを感じ、まるで自分と直接関係のある存在のように思えてしまう心理的なつながりです。
例えば、「友人や恋人が緊張しているのを見ると自分もそわそわする」ような感覚。
推しが話しているときも、まるで自分の大切な人が人前に出ているような心境になり、過剰に反応してしまうのです。
共感性羞恥(きょうかんせいしゅうち)
もうひとつの大きな要素が共感性羞恥です。
これは、他人の恥ずかしさや緊張を「まるで自分のことのように感じてしまう現象」です。
特に、「トークが苦手そう」「ちょっと不器用そう」なアーティストに対しては、この感覚が強まりやすくなります。
「噛まないかな」「変なこと言っちゃわないかな」
そんな風に、推しの“人間らしい部分”に共感して、勝手に心臓がバクバクするのです。
ギャップ萌えと保護欲
ステージやMVでは完璧な姿を見せているのに、トークでは緊張していたり、言葉に詰まったりする。
そんな「ギャップ」による萌えやドキドキ感もこの現象の一因です。
さらに、「守ってあげたい」「応援してあげたい」といった擬似的な恋愛感情や保護欲が働くことで、緊張感や心配が強くなる傾向があります。
では、この現象に名前はあるのか?
残念ながら、現時点で正式な心理学用語としての名前は存在していません。
しかし、SNSやファンの間では、以下のような表現がよく使われています。
- 推しのトーク時緊張代行現象
- 尊すぎて無理現象
- ドキドキ代理反応
- 推しが喋るだけで心臓に悪い選手権
こうした俗語は、ファン同士の共感や感情の共有によって自然と生まれた「名前のない気持ちの名前」といえるかもしれません。
「名前がないからこそ、特別な感情」
この感情は、あなたとアーティストとの心の距離が近い証拠でもあります。
ただの視聴者ではなく、「応援している存在」「共に成長している存在」として心に深く根付いているからこそ、ドキドキしてしまうのです。
名前がついていなくても、多くの人が共通して抱えている“推しの感情の代行現象”。
それを大切にしながら、これからもその人の音楽や言葉に寄り添っていけたら、きっと素敵な関係が築けている証拠だと思います。
あなたは、どんなときにドキドキしますか?
推しのライブ?テレビ出演?それともSNSのちょっとしたコメント?
ぜひあなた自身の「ドキドキハラハラエピソード」も、思い出してみてくださいね。

コメント